疾患に対する診療アプローチは「外科」と「内科」に分かれます。これは手術によるか、よらないかという違いです。手術によらない診療アプローチ、すなわち「内科」の主要な治療戦略は薬物療法です。ですから「内科医は薬物療法のプロである」と言い換えても問題ないでしょう。
薬物療法は標的臓器に対する特異的治療法ではありません。身体に入った薬は標的臓器ばかりではなくいろいろな臓器やシステムに到達して思わぬ影響を現します。それが副作用です。だから薬物療法の専門家である内科医は常に身体のあらゆる臓器やシステムに目を光らせています。すなわち、内科医は全身を診ることを前提として臓器を診ているのです。内科認定医・総合内科専門医を取得するために身体の全ての臓器やシステムにわたる広い知識が要求されるのはこのためです。
このように、外科は標的臓器に直接アプローチして抜本的な治療を行うのに対し、内科は全身を俯瞰して標的臓器疾患の重要性を相対的に評価しながら対応をします。どの臓器においても、この二つのアプローチは診療の両輪として有効に機能しています。
骨は臓器です。運動器であるだけでなく、ミネラル代謝ネットワークの一員であり、感覚器であり、内分泌機能も担っています。その骨の主要な疾患に骨粗鬆症があります。骨粗鬆症は「骨強度の低下を特徴とし,骨折のリスクが増大しやすくなる骨格疾患」と定義されています。手術で治すことはできません。ですから骨粗鬆症は明らかに「内科疾患」です。しかもわが国の罹患者数が約1300万人と推定されるcommon diseaseです。
骨粗鬆症は外科疾患である脆弱性骨折の原因となります。超高齢社会を迎え、わが国では脆弱性骨折が激増しています。中でも大腿骨近位部骨折は罹患者のADLを決定的に損ない、医療・看護・介護に要する費用は近未来に年間1兆円に達すると試算されています。医療費の高騰に悩むわが国にとっては大問題です。
ところが、わが国の内科学界にはこの危機感が共有されていません。骨粗鬆症はcommon diseaseなので専門に関係なく全ての内科医が診療にあたるべき疾患です。しかし、わが国の医育機関には同様の立ち位置にある高血圧を教育・研究の柱に据えている内科学講座が多々あるのに対し、骨粗鬆症を教育・研究・診療の対象としている内科学講座はほとんどありません。わが国では、骨は、他の臓器で機能している診療アプローチの両輪のうち「内科」という片輪が欠落した状態で診療が進められ、仕方なく内科疾患である骨粗鬆症診療の多くを本来は専門家ではない整形「外科」に委ねているのです。これで国民に十分な健康安全を担保することができるでしょうか?
そこで福島医大腎臓高血圧内科は、骨を診ること、骨粗鬆症を治療することを、一つの診療上の柱に据えることにしました。腎臓高血圧内科で骨というと違和感を覚える人もいるかもしれませんが、骨と腎臓はいずれもミネラル代謝ネットワークの構成員であり、結びつきが深い臓器です。実際に慢性腎臓病患者には多様な骨ミネラル代謝異常が発症するため、腎臓内科医はミネラル代謝ホルモンや骨代謝マーカーなどを評価するトレーニングを受けています。他の分野の内科医集団よりも骨診療に対するハードルは低いでしょう。しかも多くの骨粗鬆症治療薬は腎機能への配慮が必要とされているので、その管理は腎臓内科医が最適だと考えることもできます。
福島県などの地方は高齢化の進行が早く、脆弱性骨折対策の緊急度は高まっています。腎臓内科が中核となって骨粗鬆症診療を進める「福島モデル」を、その一つの解決策として提案していきたいと思います。
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主任教授 風間 順一郎
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腎臓内科医でありながら救急/集中治療・集団災害医療・代謝性骨疾患診療などの経験もそこそこ豊富な間口の広い臨床医。アカデミズムの世界では場の空気を読んで腎臓内科医の顔と骨ミネラル代謝研究者の顔を狡猾に使い分けるあざといコウモリさんのような立ち位置をエンジョイしている。礼節には気を遣うけど体育会的上下関係は苦手。ならぬことは取りあえずやってみて、それで叱られちゃうのは仕方ないんじゃね?と反省しない。ネクタイが派手で時々ドレスコードに引っかかる。アバターはツインテールの美少女。締切を守れず常に出版社に追われている。ずっと組織の中で生きてきたのになぜか自由人。俺が俺が、と言わないところは長所であり、同時に短所でもあるかも。